“信じる”って何?

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“信じる”の具体的な中身

何かことに臨むとき、判で押したように自然に使っている言葉、、、

“自分を信じる”・

この言葉を使うとき、自分の中に躊躇がある。

何が引っかかっているのかというと、それは、”信じる”の具体的な中身。

自分自身の土台であり、核となっている特別なもの。

それってなんだろう?

自分の中の信じるに値するもの?

自分の中の育むに値するもの?

それは、今の自分を自分たらしめているもの。

そして、これからの自分を自分たらしめるもの、、、だろう。

敢えて言葉にすると、自分の内にある、想い・願い・疼き・生きがい・人生のテーマ・人生の仕事、、、と言っていいものなんだろう。

普段、曖昧であまり意識したこともない。

これだ!とハッキリ言い切れる確信もない。

その一番大切なことを掴んでないから、信じるという言葉を安易に使えないんだろうな。

種はあってもまだ芽が出てないと捉えるべきか?

芽を出して、伸ばしていくには鍛えることも必要だし、もやしのままでは生き抜いていけないよね。

“育てる”は、”辛抱強さ”とイコールなんだろうな。

そもそも自分の中に、その芽が本当にあることを、強く強くあることを信じ思わなければ、一生漠然と終わってしまいそうだ。

結局、信じるということは。

自分の中に育むに値するものがあるということを信じること。

そして、その成長を待ってくれている世界(環境)があることを信じ続けるということ。

そういうことだ。